人に合わせる癖は、身体にどんな緊張を残すのか
- タナカユウジ

- 2 日前
- 読了時間: 4分
優しさは、社会の中で大切な資質です。
相手の立場を考えられること。
場の空気を読み、衝突を避けようとすること。
それ自体は否定されるものではありません。
しかし、人に合わせることが習慣になると、身体にある傾向が現れることがあります。
それは性格の弱さというより、環境への適応の結果といえます。
今回は、人に合わせる癖が身体にどのような緊張を残すのかを整理してみます。
優しい人ほど緊張していることがある
施術の現場で観察していると、周囲に気を配れる方ほど、身体が静かに緊張していることがあります。
特に目立ちやすいのは、首まわり、肩、そしてみぞおちのあたりです。
常に相手の反応を読み取ろうとすると、頭はわずかに前へ出やすくなります。
視線が固定され、首の動きが小さくなります。
みぞおち周辺は無意識に固まり、呼吸が浅くなりやすくなります。
緊張している自覚がない場合もあります。
しかし身体は、常に備えている状態を保っています。
これは弱さではなく、適応能力の高さの現れでもあります。
ただし、その状態が長く続くと、呼吸や姿勢のバランスに影響が出やすくなります。
断れないときの呼吸と姿勢
誰かに頼まれごとをされ、本当は迷っているのに「いいですよ」と答えた経験はないでしょうか。
その瞬間の呼吸を観察すると、ある傾向が見えてきます。
息は浅くなりやすく、胸の上部だけが動きやすくなります。
みぞおちは動きが少なくなり、腹部は固まりやすくなります。
同時に身体はわずかに前傾し、重心が相手側へ寄ることがあります。
呼吸と姿勢は、言葉よりも早く反応することがあります。
意思で決めたあとに身体が動くのではなく、身体の反応が先に起きている場合もあります。
この変化に気づかないまま繰り返すと、緊張は積み重なります。
ここで大切なのは、無理に断ることではありません。
まず、自分の呼吸がどうなっているかを見ることです。
それだけでも、選択の質が変わることがあります。
優しさと自己犠牲は同じではない
優しさと自己犠牲は似ていますが、同じではありません。
相手を尊重することと、自分を後回しにすることは別の行為です。
自己犠牲が続くと、身体は固さとして反応することがあります。
肩が上がったまま下りにくくなる。 顎に力が入りやすくなる。
みぞおちが張った状態が続く。
これは身体が負担の継続を示している可能性があります。
そのサインを無視してさらに頑張ろうとすると、緊張は慢性的になりやすくなります。
境界を引くことは冷たさではありません。
自分の身体の感覚を基準にすることは、わがままでもありません。
むしろ、長く優しさを使い続けるための土台になります。
身体をゆるめることは、自分に戻ること
身体をゆるめるとは、特別なことをするという意味ではありません。
まずは呼吸を一度観察します。 今、息はどこまで入っているか。
吐くときにどこが固まっているか。
それだけで、自分の状態が見えてきます。
緊張に気づくことができれば、その場で無理を増やさずに済むことがあります。
優しさを手放す必要はありません。
ただし、自分の身体を置き去りにしないことです。
身体の反応を手がかりにすると、優しさの使い方を選び直す余地が生まれます。
人に合わせる癖は、身体の緊張として現れることがあります。
その緊張に気づくことは、自分を責めることではありません。
自分に戻るきっかけをつくる行為です。
優しさを持ちながら、身体にも敬意を払う。
そのバランスを取り直すことが、長く続く関わりにつながると私は考えています。
イラスト素材や写真も公開しています。 記事の理解や資料作りに、ぜひご活用ください。
※本記事は一般的な身体の傾向についての考察です。 特定の症状や効果を保証するものではありません。




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