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医療と整体の歴史シリーズ 第2回:古代文明に息づく“手当て”の知恵 〜エジプト・インド・ギリシャの身体観〜

  • 執筆者の写真: タナカユウジ
    タナカユウジ
  • 3 日前
  • 読了時間: 4分

文明が進んでも、“癒し”の核心は変わらなかった


前回の記事では、人類が病を「神の怒り」「悪霊の仕業」と捉え、呪術や祈りとともに“手を当てる”という原始的な行為が生まれたことを見てきました。

今回はその続きとして、古代文明における医療と身体観、そしてそこに共通する“整体的な発想”について考えてみます。

文明が発展し、都市ができ、記録や学問が始まっても、病と向き合う営みの中心には「人の手」がありました。

祈りが形式化され、観察が知識として蓄積されても、実際に身体に触れて癒そうとする行為は続いていたのです。


エジプト:神と身体がつながる世界


古代エジプト(紀元前3000年頃〜)では、医療と宗教が密接に結びついていました。

病気は神の怒りや悪霊の作用とされ、神官が診断・処置を担当しました。

処方箋には、薬草や蜂蜜などの自然素材とともに、呪文や祈祷文が書き添えられていました。


例えば、紀元前1500年ごろに編纂された「エーベルス・パピルス」には、700以上の処置法が記されており、その中には皮膚疾患に対してハーブを塗布する方法や、腹痛に対して手を当てて撫でるような記述も見られます。

これらは、現代でいう“内臓調整”や“温罨法(おんあんぽう )”に通じる感覚も含まれていたかもしれません。

また、死者のミイラをつくる過程で解剖知識も蓄積され、身体の構造理解が進みました。心臓が「意識」や「魂」の座とされていたことから、全身をめぐる“中心”としての重要性が古くから認識されていたことも興味深い点です。


インド:調和を重んじるアーユルヴェーダの哲学


インドでは紀元前1000年頃からアーユルヴェーダ(生命の科学)が発展しました。

これは、ドーシャ(体質)やプラーナ(生命エネルギー)、ナーディ(流れ)といった概念をもとに、身体を全体として捉える養生体系です。

アーユルヴェーダには、以下のような具体的な療法があります:


• アヴィヤンガ(全身オイルマッサージ)

• シロダーラ(額に温かい液体を垂らして神経を鎮静)

• パンチャカルマ(体内の浄化・排出療法)


これらは、単に肉体の症状に対処するのではなく、心身全体のバランスを回復することを目的としています。

特に“触れる”という行為が、エネルギーの流れや気分の安定に深く関わるとされており、現代の整体にも通じる感覚があります。


ギリシャ:観察と理論から生まれた「バランス医学」


古代ギリシャのヒポクラテス(紀元前460年頃〜)は、「病は自然の摂理に従って起こるもの」とし、それまでの神秘主義的医療と一線を画しました。

彼の「四体液説」(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁のバランスで健康が決まる)も、現代から見れば非科学的ですが、「全体の調和を重視する」という思想は、今も多くの手技療法の根底にあります。

また、ギリシャでは観察に基づいた問診や聴診が始まり、身体を“部分”ではなく“状態の総和”として捉える視点が徐々に育まれていきました。

これは、現代の統合医療や代替療法の源流とも言える思想です。


日本ではどうだったか?


日本列島における古代医療は、縄文時代の呪術的な風習から弥生〜古墳時代にかけて、中国や朝鮮半島から伝来した医薬知識との融合によって発展していきました。

記録に残る最古の医療実践のひとつは『魏志倭人伝』(3世紀)に見られる記述で、「病にはまじないを用いる」とされています。

また、飛鳥時代以降は仏教医学や中国医学が導入され、仏僧が薬草や按摩を用いて“治療”をおこなったとされています。

日本古来の“手当て”もまた、痛むところに手を当てて祈る、温める、撫でるといった素朴なものでしたが、その延長線上にあるのが、現代の整体的な発想だと捉えることができます。


観察」と「祈り」の間にある整体的まなざし


古代文明の医療は、いずれも「身体を整える」「全体のバランスを見直す」という発想に根差していました。

体系や理論は違えど、そこには共通して“触れること”と“観察すること”の両面が存在していたのです。

整体という営みは、まさにその間にある存在なのかもしれません。

科学と非科学、医療と祈り、構造と感覚。そのどちらか一方に偏るのではなく、「目の前の身体にどう寄り添うか」を問い続けてきた人類の営みの延長に、私たちの整体があります。



※本記事は歴史的・文化的視点から整体の背景を考察するものであり、医療行為を示すものではありません。

※記載されている療法は、その効果を保証するものではなく、あくまで文化的事例として紹介しています。


参考・引用資料(抜粋)

• 小田晋監修『医学の歴史』中公新書、2005年

• 石川純一『医療人類学入門』医学書院、2013年

• 中島孝『日本医療の歴史』吉川弘文館、2016年

• World Health Organization (WHO). Traditional Medicine Strategy 2014–2023

• 『エーベルス・パピルス』抄訳資料(各種学術論文より)

• 『魏志倭人伝』、中国・三国志より

• 林真一郎『植物と人間の文化誌』八坂書房、2012年

• 厚生労働省「統合医療(いわゆる『補完代替医療』)に係る情報発信等推進事業」

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