「ストイック」の本当の意味──古代哲学に学ぶ、揺るがぬ心のつくり方
- タナカユウジ

- 8月14日
- 読了時間: 4分
はじめに:人生が揺らぐ瞬間
ある日突然、すべてが変わってしまう。仕事、家族、人間関係、健康… 私たちは「予想外」という嵐を避けて通ることはできません。そんな時、どう心を保つか。整体師として日々クライアントと接していても、心と身体の両方を揺るがす出来事に直面する人は少なくありません。
古代ギリシャの一人の商人もまた、そんな嵐に遭遇しました。
古代ギリシャの商人と、すべてを失った日
古代ギリシャの港町に、ある裕福な商人がいました。彼は地中海を渡る途中、突然の嵐に襲われ、船も積み荷も全財産も海に沈めてしまいます。長年積み重ねてきた努力が、一夜にして消えてしまったのです。
怒り、悲しみ、絶望──多くの人なら、そうした感情に飲み込まれてしまうでしょう。しかし、この商人は違いました。彼は失ったものを嘆く代わりに、哲学の学びに身を投じたのです。やがて彼は「ゼノン」として知られ、ストア派哲学の礎を築きました。
ストイックの語源と本来の意味
「ストイック」という言葉は、英語の stoic から来ています。その語源は古代ギリシャ語の stoa(ストア) にあります。ゼノンが哲学を説いたのが、アテネの公共の回廊「ストア・ポイキレ」だったことから、この思想は「ストア派」と呼ばれました。
現代では「ストイック=禁欲的」「我慢強い」といったイメージが先行していますが、本来は「外の出来事に揺さぶられず、自らの内面を整え続ける人」という意味を持っています。
ストア派哲学とは何か
ストア派は紀元前3世紀にギリシャで生まれ、後にローマへと広がった思想です。中心にあるのは、とてもシンプルな考え方。
ストア派は、
「私たちは出来事を選べない。だが、それにどう反応するかは選べる」という考え方を持っていました。
これは、人生を左右するのは出来事そのものではなく、それをどう捉えるかだという教えです。怒りや悲しみを感じてもいい。しかし、それに飲み込まれて判断を失うことは避けなければならないのです。
「外側」ではなく「内側」を整える
ストア派は、外の世界を完全にコントロールすることはできないと認めます。天気、他人の態度、経済の動き──どれも自分の思い通りにはなりません。だからこそ、外を変えようとするよりも、自分の「内側」を整えることに力を注ぎます。
整体の現場でも同じです。環境や外的要因をすぐに変えることは難しいですが、自分の呼吸や姿勢、生活のリズムなら少しずつ整えることができます。これは心にも当てはまります。
感情を消すのではなく、感情に溺れない
現代では「ストイック」と聞くと、感情を押し殺し、機械のように平然としている姿を想像しがちです。しかし、ストア派が目指したのは感情の否定ではありません。怒ってもいいし、悲しんでもいい。ただ、それらに支配されて自分を見失わないことが大切なのです。
ストア派の4つの徳
ストア派は、人としての軸を保つために4つの徳を鍛えることを重視しました。
知恵 — 何が自分の力で変えられるかを見極める
勇気 — 困難や恐れに向き合い、信念を守る
節度 — 必要以上を求めず、過不足のない選択をする
正義 — 他者との関係の中で、公平さを保つ
これらは特別な才能がなくても、日常の小さな選択の中で磨くことができます。
現代に生きる私たちへのヒント
情報が溢れ、予測不能な変化が続く現代では、不安や焦りに心を奪われやすくなります。そんな時こそ、「最悪の事態も起こり得る」とあらかじめ想定し、受け入れる準備をしておくことが大切です。例えば、計画通りに進まなかった場合の代替案を事前に用意しておく、人間関係の中で意見が食い違う場面を想定し心を整えておく、などです。こうした準備が、予期せぬ出来事にも静かに対応できる力を育てます。
日常でできる小さな実践
ストア派には「自発的な不便」という訓練があります。例えば、
あえてエレベーターではなく階段を使う
休日にスマホを置いて散歩する
快適な椅子ではなく床に座ってみる
普段よりもシンプルな食事にしてみる
SNSやニュースから距離を置く日を作る
これは我慢大会ではなく、「どんな環境でもやっていける自分」を知るための方法です。整体でいうと、普段から少し身体を動かし、柔軟性を保つことにも似ています。こうした小さな実践は、日常生活に静かな自信と安定感をもたらします。
おわりに:静かに立ち続ける力
人生は思い通りにいかないことだらけです。それでも、自分の軸を保ち、感情に溺れず、誠実に歩み続けることはできます。
ゼノンのように、すべてを失った時こそ問われるのは「何を失っても残る自分」です。それを育てる知恵として、ストア派哲学は現代にも静かに息づいています。




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