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ヴェイガス神経が働くとき、身体はようやく休める

  • 執筆者の写真: タナカユウジ
    タナカユウジ
  • 5月31日
  • 読了時間: 8分

──リラックスを支える“神経のスイッチ”の話


以前、施術を終えたクライアントの方が、こんなふうにおっしゃったことがありました。「なんか……頭の中が静かになった気がします」少し驚いたような、けれどどこか安心した表情でした。


そのとき私は改めて、ヴェイガス神経──迷走神経のはたらきを意識しました。

緊張がゆるみ、身体の奥が静かに動きはじめる。

そんな変化の背景には、自律神経の“切り替え”が起きているのかもしれません。



ヴェイガス神経とは?


ヴェイガス神経(迷走神経)は、自律神経のうち「副交感神経」に分類される、もっとも重要な神経のひとつです。

脳の延髄から出発し、首、胸、そしてお腹の内臓にいたるまで、広範囲に枝を伸ばしています。


「迷走」という名前のとおり、この神経は身体の中を“さまようように”巡っており、呼吸・消化・心拍といった私たちの生命活動のベースを静かに支えている存在です。

多くの場合、私たちはヴェイガス神経のことを意識することはありません。

それは、呼吸を整えたり、心拍を落ち着けたりといった働きを自動的に担ってくれているからです。


ただ、身体の緊張がゆるんだり、深い呼吸ができたりといった変化が訪れたとき──その背景では、ヴェイガス神経がゆるやかに働きはじめている可能性があります。

この神経がきちんと働くことで、身体はようやく「休んでいい」と感じることができるのです。


ポリヴェーガル理論の視点から


ヴェイガス神経について考えるときに、もう少し深く理解するためのヒントとして、「ポリヴェーガル理論」という考え方があります。

これは神経科学者スティーブン・ポージェスによって提唱されたもので、従来の“交感神経か副交感神経か”という単純な二択モデルを、より立体的に捉える視点です。

この理論によれば、副交感神経には実はふたつの系統があり、それぞれに異なる役割があります。


● 背側迷走神経(古い系統)

これは爬虫類などにも見られる、より古いタイプの迷走神経です。

ストレスが極度に高まったときに働き、心身を“シャットダウン”させるような反応を引き起こします。

たとえば、極度の恐怖や過緊張で、急にぼんやりしたり、動けなくなったりするのは、この神経が働いているサインかもしれません。


● 腹側迷走神経(新しい系統)

一方で、人間において重要なのが、こちらの腹側迷走神経です。

これは安心しているとき、人とつながっているときに活性化し、呼吸や心拍を落ち着けたり、表情や声のトーンをやわらかく保つはたらきを担っています。

この神経がしっかり働くことで、リラックスした状態や“人とつながっても大丈夫”という感覚が育まれます。


現代のように、孤独感・過度な緊張・情報の洪水といったストレス要素が多い環境では、この腹側迷走神経がうまく働かず、「本当の意味での休息」や「安心」が感じられにくい状態になりがちです。

ヴェイガス神経を整えるというのは、単なる“身体の調整”ではなく、心と身体の“つながり直し”でもあるのです。


リラックスできない理由


「リラックスしてくださいね」と言われても、どうしても力が抜けない。

そんな経験をされた方もいらっしゃるかもしれません。

実際、私のもとにも「がんばってリラックスしようとするけれど、うまくいかない」という方がよくいらっしゃいます。

こうした背景には、単に“気の持ちよう”では片づけられない、神経のはたらきの偏りがあります。


現代は、常に緊張を強いられる場面が多くなっています。

スマートフォンの通知、絶え間ない情報の波、騒音、そして人間関係のストレス。

こうした要因は、自律神経のうちでも「交感神経(緊張・活動)」を優位にしがちです。

交感神経が過剰に働いた状態が長く続くと、副交感神経──とくにヴェイガス神経の働きが抑えられてしまい、休もうとしても“休むモード”に切り替えられなくなるのです。


これはたとえば、ブレーキの利きにくくなった車のようなものかもしれません。

アクセル(=緊張)は効くのに、いざ止まろうとしても、ブレーキ(=リラックス)がうまく働かない。

そんな状態では、エンジンを切っても心身がどこか落ち着かず、ずっと“動き続けているような感覚”が残ってしまいます。


しかも、それが長期化すると、「緊張している」という自覚さえなくなり、「休めないこと」そのものが“ふつう”になってしまうこともあります。

そうした状態では、どんなに呼吸法やストレッチを試しても、“整っていく感覚”がうまくつかめないこともあるかもしれません。

ですからまずは、「リラックスできないのは自分のせいではない」と知ること。

それが、神経の切り替えをやさしく促す第一歩になるのです。


ヴェイガス神経をやさしく刺激する方法


ヴェイガス神経は、意志で直接コントロールすることはできませんが、やさしく働きかける方法はいくつか知られています。

それは、身体の感覚や日々の行動を通じて、「安心しても大丈夫」という状態を思い出させるような刺激です。

ここでは、難しいことをしなくてもできる、日常に取り入れやすい方法をご紹介します。


● 深くゆっくりと呼吸する

腹式呼吸やため息のような、お腹をやわらかく使った呼吸は、ヴェイガス神経に直接働きかけると言われています。

横隔膜が上下することで、胸やお腹の内臓がゆっくり動き、それが神経へのやさしい刺激になります。

「息を長く吐く」ことを意識すると、副交感神経が優位になりやすくなります。


● うがいやハミングをする

喉の奥や声帯まわりにも、ヴェイガス神経の末端が分布しています。

そのため、うがいや声を出すこと(ハミング・鼻歌・お経・独り言など)も、やさしい刺激のひとつになります。

誰かと気楽に会話することや、ひとりで好きな歌を口ずさむことも、意外と神経を整えるサポートになります。


● 温かいものをゆっくり飲む

あたたかい白湯やハーブティーを「ゆっくり飲む」ことは、内臓をやさしく温めるという点でおすすめです。

それだけでなく、「今、安心していていいんだ」という感覚が育ちやすくなります。

食事を味わってゆっくり食べることも、同じような効果があります。


● 安心できる人と過ごす

ポリヴェーガル理論でも大切にされているのが、「安全とつながり」の感覚です。

気を張らずに話せる人と過ごす時間や、ペットとゆったり過ごす時間も、神経を穏やかに整える大切な刺激になります。

「緩む」には、「安心しても大丈夫」という背景が必要なのです。


● やさしく触れる・触れられる

自分の手で胸元をさすったり、お腹をあたためたり、または整体やセラピーのようなやさしいタッチも、ヴェイガス神経を通じて安心感を届けることがあります。

強い刺激や無理な矯正ではなく、「安全な触れられ方」が、神経の土台づくりを助けてくれるのです。


整体・心理的ケアの視点から


整体や心理的なケアの場面では、「リラックスできること」よりも、“リラックスできない状態を責めないこと”のほうが、ずっと大切になることがあります。

実際に、施術を受けている最中に「うまく力が抜けない」と戸惑う方は少なくありません。そうした反応もまた、これまでの生活や身体の緊張が積み重なってできた防御反応のひとつなのだと思います。


私自身は、リラックスとは「与えられるもの」ではなく、“思い出される感覚”のようなものだと感じています。

身体にふれる、呼吸を感じる、安心できる空間で過ごす、そうした要素が少しずつ重なっていくことで、「あ、いま、ちょっと緩んだかもしれない」と気づく瞬間がやってきます。


みどり整体院でも「ここに来ただけでもう良くなった気分になる」とおっしゃる方もいます。

「ここに来ればもう安心」そんなふうに言っていただけるのは、技術の前に、その人の“神経が安心できる場所”として成り立っているからかもしれません。


私たちの身体は、「安心しても大丈夫」と感じられる環境に身を置いたとき、ようやく少しずつ緩んでいきます。

整体師やカウンセラーとしてできることは、その過程を焦らず、評価せず、そっと見守ることだと感じています。


おわりに


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「リラックスしよう」と思っても、なかなか力が抜けないとき。

それは、あなたが頑張っていないわけでも、心が弱いわけでもありません。

ただ、神経がまだ「安心してもいい」と判断していないだけなのかもしれません。

そしてそれは、決してあなたの意思だけで切り替えられるものではないのです。


だからこそ、深くゆっくりとした呼吸をしてみること。

あたたかい飲み物を味わってみること。

誰かと笑い合う時間を大切にしてみること。

そんな、日々の中のささやかな行動が、ヴェイガス神経をやさしく目覚めさせてくれるかもしれません。


「整える」とは、無理に変えることではなく、本来の自分に、少しずつ戻っていくようなプロセスだと思います。

中野区のみどり整体院では、そうした“神経が安心できる時間”を大切にしながら、身体と心の両面から、丁寧にお手伝いをさせていただいています。


どうか、無理に頑張らず、まずは自分の感覚にそっと耳を傾けてみてください。



※ここでご紹介した内容は、あくまで身体の状態をやさしく見つめ直すためのヒントとしてお伝えしています。症状や体調の変化が気になる場合は、医療機関でのご相談もご検討ください。


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