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医療と整体の歴史シリーズ 第7回 現代の整体と補完医療──科学と信念のはざまで(1900〜現代)

  • 執筆者の写真: タナカユウジ
    タナカユウジ
  • 8月11日
  • 読了時間: 6分

今回で一区切りとなります。



世界は“科学の世紀”へ(1900〜1950s)


20世紀初頭、産業革命後の勢いは科学と医療を一気に進化させました。

蒸気機関や電気の普及が社会構造を変え、大量生産と交通網の発展は人や物資の移動を加速させます。

都市の空気は煤け、工場のサイレンが日常を刻む中、人々は便利さと同時に新しい病気や疲れとも向き合うことになりました。

細菌学の進歩で感染症の原因が明らかになり、予防接種や衛生管理の概念が生活に入り込んでいきます。

解剖学や生理学の理解が深まり、手術室の景色も様変わりしていきました。

世界では第一次・第二次世界大戦を背景に外科手術、救急医療、リハビリが急速に整備され、X線や抗生物質、ワクチンが普及。

標準化と科学的検証が加速し、のちに「エビデンスに基づく医療(EBM)」と呼ばれる流れにつながっていきました。


冷戦・消費社会・慢性不調(1960s〜1980s)


冷戦期、米ソの宇宙開発競争は医療機器の高度化も促し、CTやMRIなど画期的な画像診断技術が登場しました。

診療は臓器ごとの専門化が進み、外科や薬物療法の精度は向上しましたが、その反面「全身を一つのつながりとして見る視点」は薄れがちになりました。

高度成長を遂げた先進国では、感染症よりも慢性的な疲労やストレス、生活習慣病が大きな課題に。

長時間労働や都市化による人間関係の希薄化は、心身両面に影響を与えました。

こうした背景から、欧米では心身医学やストレス研究が発展。

人間を“身体と心の統合体”として扱う必要性が再認識されます。


1970年代には「ホリスティック医療」という言葉が登場し、栄養・運動・精神面を含む総合的アプローチが提案されました。

米国ではカイロプラクティックやオステオパシーが資格制度の中に位置づけられ、さらにカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フランスなど複数の国でも制度化が進みました。

イギリスやオーストラリア、ニュージーランドでは国家登録制、フランスでは2002年法と2007/2011年の政令で称号保護・登録制が整備されるなど、各国で位置づけは異なります。

同時期にアロマテラピーやハーブ療法、ヨガなども健康維持や予防の手段として再評価され、この潮流は1980年代後半、日本にも徐々に波及していきました。


グローバルに生き残った療法


  • アーユルヴェーダ:現代化しウェルネス分野へ進出。ホテルスパや都市部の専門施設で提供され、ヨガや瞑想と組み合わせたプログラムも人気。

  • 東洋医学(鍼灸・漢方):WHOの推奨や国際学会の開催により研究と臨床が進展。慢性症状や予防医療の分野で注目。

  • オステオパシー/カイロプラクティック:骨格や神経系の調整で全身バランスを整える理論が定着し、国によっては医療制度に組み込まれる。

  • その他の補完医療:アロマ、ハーブ、リフレ、ヨガ、ピラティスなどが予防やセルフケアで普及し、ライフスタイルの一部として定着。


日本(昭和)──制度と現場の二層構造


大正から昭和初期、日本では西洋医学が制度化されつつも、町医者や家庭での手当てが広く行われていました。

温罨法(おんあんほう)やあん摩、薬草療法など、伝統的な知恵が生活に根づいていた時代です。

戦争の影響で衛生や外科医療は進歩しましたが、地方では依然として民間療法が重要な役割を担っていました。


戦後は「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」(昭和22年法律第217号)が整備され、鍼灸、あん摩指圧は国家資格として存続。

整体やカイロは民間領域で拡大し、高度経済成長期に肩・腰の疲れをほぐす場として定着しました。

町の整体院は「病院に行くほどではないが不調を感じる人」の受け皿となり、家族ぐるみの利用も珍しくありませんでした。

地方では家族や近隣による手当ての文化も残り、農作業や工場労働による身体の疲れを日常的にほぐす習慣が広がっていました。


日本(平成)──高齢化と「癒し」産業


平成に入ると高齢化や生活習慣病、慢性不調への関心が高まり、整体やリフレ、アロマ、リラクゼーションサロンが急増。

都市部ではヨガやアーユルヴェーダが浸透し、健康と美容を兼ねたサービスとして人気を博しました。

1990年代後半からはチェーン展開する店舗も登場し、駅前や商業施設内で気軽に受けられるサービスとして定着。

バブル崩壊後の不安定な経済状況や長引く不況は、心身のケアを求める層をさらに広げ、「癒し産業」は多様化しました。

一方で過剰広告や安全性の問題が顕在化し、行政や業界団体がガイドライン整備を進めています。


令和──デジタルと「触れる」の共存


AI診断やウェアラブルが普及する一方、触れられる安心感や対話の価値が再評価されています。

オンラインでのセルフケア指導や遠隔相談も増えていますが、「直接触れる」施術だからこそ得られる信頼や共感は、依然として代替できない価値です。

新型コロナウイルスのパンデミックは、この価値を改めて浮き彫りにしました。

三密回避や接触制限により多くの整体院が営業縮小や休業を余儀なくされましたが、その一方で、再開後には「やはり直接ケアを受けたい」という声が多く寄せられました。

感染対策を徹底した施術環境づくりや、オンラインでのセルフケア指導の導入など、整体の形も柔軟に変化していきました。


まとめ


20世紀から現代にかけて、整体や補完医療は科学と伝統の間で歩み続けてきました。

その歩みは、科学的検証によって裏付けられる領域と、文化・経験・信頼関係といった数値化しにくい領域の両方を含みます。

私自身、歴史を追ってみて改めて感じたのは、「手で触れる」という単純で奥深い行為が、どんな時代にも消えなかったということです。

機械やAIがどれだけ進化しても、安心や共感といったものはデータでは測りきれない——この事実は、施術者としても心強い励みになります。


補完医療は単に身体の不調を整えるだけでなく、予防や生活習慣の改善、心の安定、自己理解の促進といった幅広い役割を担う可能性を秘めています。

科学と信念の間に橋を架け、対話と実践を重ねながら信頼を築くことが、今後の成長に欠かせない要素となると考えています。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

このシリーズを書くことで、私自身も多くを学びました。

時代背景を探るたびに「人はどう生きてきたのか」という問いが浮かび、そこに整体や医療がどのように寄り添ってきたのかを考えるきっかけとなりました。

今後は気になる時代や医療テーマをピンポイントで掘り下げて書くかもしれません。


※本記事は歴史的背景をもとに構成しており、特定の治療効果を保証するものではありません。


参照文献:WHO伝統医療戦略、日本東洋医学会資料、厚生労働省統合医療関連資料ほか


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