ショーペンハウエル『読書について』を読んで|情報があふれる時代だからこそ、自分の頭で考える
- タナカユウジ

- 2025年3月27日
- 読了時間: 7分
更新日:8月21日

本をたくさん読めば、人は賢くなる。
昔からそう言われてきました。
私自身、本を読むことは好きですし、哲学書や医学書、心理学の本など、興味を持ったものはできるだけ読むようにしています。
しかし、あるとき「本を読んでいるのに、あまり自分で考えていないのではないか」と感じることがありました。
知識は増えているはずなのに、自分の考えが深まっている実感がない。
そんなときに出会ったのが、ドイツの哲学者アルトゥル・ショーペンハウエルの『読書について』でした。
これは読書術を教える本ではありません。
「読む」という行為そのものを通して、人はどう考えるべきなのかを問いかける、とても刺激的な一冊です。
私が読んだのは岩波文庫の『読書について 他二篇』です。
170年以上前に書かれた文章ですが、SNSやAIが当たり前になった現代だからこそ、むしろ重みを増しているように感じました。
「読書は他人の頭で考えること」
この本で最も有名な言葉が、
「読書は他人の頭で考えることである。」
という一節です。
初めて読んだときは少し驚きました。
「読書は良いことだ」と思っていた私にとっては、まるで水を差されたような気持ちになったからです。
もちろんショーペンハウエルは、本を読むこと自体を否定しているわけではありません。
問題にしているのは、「読むこと」が目的になってしまうことです。
他人の考えをそのまま受け入れ、自分では何も考えなくなる。
彼が警鐘を鳴らしているのは、その状態でした。
本を読んだだけで満足してしまう。
誰かの言葉を、そのまま自分の考えだと思い込んでしまう。
それでは、本を読めば読むほど、自分の頭は動かなくなってしまう。
そんな逆説的なことを、彼は語っています。
これは読書だけの話ではない
この言葉は、本だけに当てはまる話ではありません。
現代には、本よりもはるかに多くの情報があります。
SNS。
YouTube。
ニュース。
ネット記事。
そしてAI。
毎日、膨大な情報が流れ込んできます。
便利な時代になりました。
分からないことがあれば、すぐに調べることができます。
私自身も、情報を集めたり、新しい知識を得たりするときにAIを活用しています。
しかし、それだけでは十分ではありません。
情報を得ることと、自分で考えることは、まったく別だからです。
AIが答えを出してくれる。
動画が分かりやすく説明してくれる。
SNSでは多くの人の意見を見ることができる。
だからこそ、「自分はどう考えるのか」という時間を意識的につくらないと、知らないうちに他人の考えだけで物事を判断するようになってしまいます。
ショーペンハウエルが170年以上前に書いたことが、そのまま現代にも当てはまることに驚かされます。
読むことよりも、考える時間
この本を読んでから、私は以前よりも本を読むスピードが遅くなりました。
気になる一文があれば、そこで本を閉じることもあります。
「この言葉は、自分ならどう考えるだろう。」
そんな時間をつくるようになりました。
一冊読み終えることより、一文を自分のものにすることのほうが大切なのではないか。
今はそう感じています。
読書はゴールではありません。
考えるための入口なのです。
ニーチェも、自分自身の価値を自分で見つけることの大切さを語っています。
興味のある方は、「ニーチェ『ツァラトゥストラ』に学ぶ、生きる力と“自分との向き合い方”」もぜひ読んでみてください。
二人の哲学者は考え方こそ違いますが、「誰かの価値観をそのまま受け入れるのではなく、自分自身で考える」という点では、共通するものを感じます。 良い本とは何か
ショーペンハウエルは、本には良い本とそうでない本があるとも述べています。
そして、本当に価値のある本は何度も読み返すべきだと言います。
今のように毎日新刊が出版され、新しい情報が次々と流れてくる時代には、少し勇気のいる考え方かもしれません。
「もっとたくさん読まなければ。」
「話題の本も読んでおこう。」
そんな気持ちになることは私にもあります。
ですが、ショーペンハウエルは数を競うような読書には意味がないと言います。
一冊を何度も読み返し、そのたびに新しい発見をする。
その方が、人の思考は深まるというのです。
私も年齢を重ねるにつれて、その意味が少しずつ分かるようになってきました。
若い頃に読んだ本を今読み返すと、まるで違う本を読んでいるように感じることがあります。
本は変わっていません。
変わったのは、自分自身なのです。
だからこそ、本当に良い本は人生の節目ごとに読み返す価値があるのだと思います。
情報を集めることと、知恵を育てることは違う
現代では、知識を得ることは簡単になりました。
検索すれば答えはすぐ見つかります。
AIに質問すれば、数秒で整理された答えが返ってきます。
それはとても便利ですし、私自身も日々活用しています。
しかし、便利さと引き換えに失いたくないものがあります。
それが「考える時間」です。
答えを知ることはできます。
でも、その答えに納得するかどうかは、自分で考えなければ分かりません。
ショーペンハウエルは、まさにそこを伝えたかったのではないでしょうか。
知識を集めることよりも、その知識をどう咀嚼し、自分自身の考えへ変えていくか。
そこに読書の本当の価値があります。
これは整体にも少し似ています。
施術法や身体の知識は、本や講習会から学べます。
しかし、目の前の人の身体は、本のとおりにはいきません。
教科書どおりの肩こりも、教科書どおりの腰痛も存在しません。
だから私は、学んだ知識をそのまま当てはめるのではなく、「この人には何が必要なのだろう」と考え続けています。
知識は大切です。
しかし、それ以上に「考えること」をやめない姿勢が大切なのだと思います。
『風姿花伝』にも通じるもの
ショーペンハウエルを読んでいて、もう一冊思い出した本があります。
世阿弥の『風姿花伝』です。
世阿弥もまた、技術を覚えるだけでは本物にはなれないと説いています。
教えを受け、それを自分の中で何度も咀嚼し、自分自身の芸へと昇華していく。
そこでは「考えること」が欠かせません。
興味のある方は、「上手さを見せない難しさ|世阿弥『風姿花伝』を読んで」もぜひご覧ください。
哲学書と能楽論というまったく違う本ですが、「人から教わったものを、自分のものへ変えていく」という点では、不思議なくらい共通しています。
おわりに
『読書について』は、「たくさん本を読みましょう」という本ではありません。
むしろ、「読みすぎることで考えることをやめていないか」と問いかけてくる本です。
その問いは、読書だけではなく、SNSや動画、AIなど、情報があふれる現代を生きる私たちにも向けられているように感じます。
情報を集めることは、とても大切です。
しかし、それ以上に大切なのは、その情報をどう受け止め、自分自身の考えへ育てていくかではないでしょうか。
私もこの本を読み終えたあと、「もっと本を読もう」とは思いませんでした。
「もっと考えよう。」
そう思わせてくれた一冊でした。
もし最近、「情報ばかり追いかけている気がする」「本を読んでも何となく終わってしまう」と感じている方がいれば、ぜひ一度手に取ってみてください。
きっと、読書そのものとの向き合い方が少し変わると思います。
※この本は中野区のみどり整体院に置いてあります。気になる方はぜひご来院いただければお貸しいたします。
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